まりにっき

まりにっき、お引っ越し。

そだちめも

 るらこうは成長いちじるしく、書き付けておかないと忘れていきそうだ。
 最近明らかにしゃべっている。何かわからんけど、しゃべっている。わかったふりをして、相槌をうってやる(英語ゼミの見苦しい見栄っ張りに、ちょっと似てる、ふふん)。うんうんうん、と頷きあう。
 こっちの言うことはたぶんわかっている。都合の悪いことは、聞いてないフリをする。なんてガキでぃまったく、と思うけど、考えてみれば私だって、相槌をうちながら勝手に都合よく解釈して、時々明らかにわかる意思表示を「ダメダメっ」と抑圧するのであった。
 こっちの後ろ盾には、危険物除去やら衛生管理やら時間厳守といった大人社会のルールが確かにあるけれども、そんなこと知るかいっを生きるのが1歳児とゆーもんである。大人とは理不尽な存在だ。そして子どもとは理不尽な存在だ。
 それでも日に日に、しゃべってることが伝わりつつある。指差して「だーだー」といえば「それは○○だよ」と答えてやる。すると納得顔でうんうんと頷く。自民党の新聞折り込み広告をみて「だーだー」「それはアベちゃんだよ、ニッポンのふふふんだよ」歩み寄ってぐしゃっ。「あーあ」と言う(これはモノを投げた時とかにも言う。たぶん大人の口ぶりがうつった)。この幼さでこの政治的偏向。心配というか末頼もしいというか。
 こないだアカデミアに来てくださった先生との懇親会に、るらを連れて行った。椅子に座って30分くらい実に良い子で(びっくりした)、先生やその隣のパパに一生懸命話しかけていた。残念ながら会話にならず、そのうち飽きてしまった。私が相手してやると「同情するなら乳をくれ」的にむくれて歩きまわり、一緒に店内を散歩していた。
 そんなこんなの、暮らしのメモじゃった。