まりにっき

まりにっき、お引っ越し。

御用学者を考える

いったい、何から言葉にすればいいんだろう?
賢い人なら「これは、左翼か右翼かという話と同じくらいに、名乗りとレッテルの問題であって、結局どっちが正しいという答えもなければ、わかりあえることもない話題なんだ」と気づくだろうし、気づけば自分は安易に語らないに限る…と思うはずだ。
でも私はバカなので、ちょっとくらいは言わずにいられないのである。賢くなりたいとはいつも思っているのだけど、限界があるということ。
私はあいかわらず、たぶん消極的反原発派です。しかし、目に見えてないことだってたくさんあるので、なかなかビジョンは示せないよなあというところ。
このもどかしさは、そうだ、大学で経済学をやった時の(←何をやったかは訊くな、忘れたんだから)焦燥感、ミクロ経済学マクロ経済学はまるっきり違う!という。ミクロを集積してもマクロにならん、という。あの時の「なんでやねん」感に似ている。
うちの節電を集積しても社会の電力消費が減らないという…。でも節電しなければマクロにもかぶさってくるという…なぜなの?どゆことなの??
しかし、消極的であることのメリットだってあって、真の答えじゃなくても、なんか答えに結びつくようなことは気づいたりする。
●●産野菜はなんだか汚染されてるぽくてこわいから買わないわ、というのは、たんなる風評だけれども、
原発が事故った。こんなにやばいんだからやめたいわ、というのはシンプルな事実と感想だということとか。
原発が事故った。こんなにやばいんだからいっそうの研究を、というのと同じで、感想部分が違うだけ。(堀江さんのいうことには一理あるなーと納得した)
原発が事故った。こんなのまだやばくない、というのも同じで、感想部分が違うだけ。
そして、人はそれぞれの感想を磨くために、勉強をするんだけど、こんな短時間の話だもの、偏った情報が入ってくるのは当たり前だし、受け手である自分たちが、「客観的」で「正しい」情報をきちんと受け取れているとは思わない。ぜったいに、都合のいい情報を選んでいると自覚したほうがいい。そしてたいがい、こういう場合の「勉強する」というのはそれら選んだ情報の中の、さらに都合のいい部分を身につけて理論武装をするということなのだから、必ずしもいいこととは限らない。ましてやそれでもって「知らないこと」を罵るなんていうのは、論外だと思う。
よく、政府よりというか…東電よりというか…そういう発言をする人のことや、テレビで語る識者のことを「御用学者」と罵るけれども、私は彼らを、御用学者だとは思わない。おそらくこれまでの研究成果と、政府とか東電とかテレビとかの思惑とが合致したにすぎないんだと思う、どっちかというと「御用」の向きが違っている。
そうじゃなくて私は、「これまでチェックをしてこなかったくせに」「これまで勉強してこなかったくせに」「●●も読んでいないくせに」「経緯を何も知らないくせに」…と言って相手の言葉を封殺しようとする人、それこそ「御用学者」と呼ぶべき存在なのだと思う。
一般ぴーぷるの言論を封殺して、自分たちの言葉をのみ浸透させること。それが「御用」なのだから。
だから「御用学者」は必ずしも政府側、原発容認派に限らないと思う。原発反対派にももちろんいる。
私が本当に、やばいと思うのは、こうゆう「御用学者」が周囲の「にわか専門家」(自称、他称とも)にもたくさんいることだ。「勉強してくださいね」というセリフ、分野は違うけどずっといっぱい勉強してきた(ホントか?)身としては、はっきりいって、ものすごくムカつくんだよね。勉強ってそんなにストレートなものではないですよ。
だから勉強しなくていいというわけじゃなくて…。勉強は、他人を排除するためにするもんじゃないということかな。異質な他者との間でさえもコミュニケーションを成立させるために、するものでしょ?
そして私は、封殺されない声があふれる、現在の反原発の動きにはある種の可能性を感じている。ひとつの、シンプルな事実と感想だから。not単純、butシンプル!!(ただしやっぱり「なじる」「あおる」声が先行する傾向はあるみたいなので、それはいやだなあと思っている)
本当にミクロの集積がマクロを変えられないのかどうか、これから自分自身でいろいろ勉強して感じ取っていけばいいことだし、それを知っている人は納得させれるように教えてくれればいいだけのことだ。私は答えを知りません。変えれるんじゃないかと思っていますけど…。
ん、なんか結局「教育」の問題なのかな、と思った。勉強することと、教えること。学びあうこと。そんなにストレートなものではないですよ。
…先日の文章では、結局なぜ私が反原発を言葉にするのかを書いていなかった気がする。デモ否定論を否定はしていたけれども。ということで今回ようやくたどりついたことになる。
いま反原発を言うことは、事実にもとづく、率直な感想だからです。(繰り返すけど風評とは違います!)
感想を封殺する「御用学者」こそ、私が今いちばんきらいなんだー。(繰り返すけど主張の左右とは違います!)